アイザック「(首を傾げる。)全く不思議な・・・夢とも現実とも分か
らない・・・。きっとおまえにこんな話しをしたところで、
笑い話しにも聞いてはもらえないだろうが・・・。もう随
分、昔に亡くなった・・・ジュディに出会ったんだ・・・。」
スティーブ「え・・・母さんに・・・?」
アイザック「スティーブ・・・亡くなった者を追い求めることを美化
するんじゃないぞ・・・。我々はいつも歩いているんだ
・・・。決して後ろを振り返るなと言っている訳ではな
い・・・。ただ歩き続けることは必要なことなんだ・・・。
たとえ一歩も進めない時期があろうとも、その場でも
いい、足踏みをして歩けるようになる努力をすること
は大切なことなんだよ・・・。足踏みすら忘れてしまっ
たら、もうお仕舞いだ・・・。もっと大きくなれる・・・。お
まえならもっと素晴らしい絵が描ける・・・。誤解させ
たことは悪かった・・・」
スティーブ「・・・父さん・・・」
アイザック「いつもおまえのことを気にかけていた・・・。ただ私が
世間に知られ過ぎていたが故に、おまえは選択の余
地なくこの道に進み・・・そしていつも私と比べられ・・・
辛い思いを強要させてきたかも知れない・・・。私が
おまえのところに頻繁に顔を出していれば、それこそ
世間はおまえを“親の七光り”だと見ただろう・・・。私
は私なりに考えて、敢えておまえを一人にしたのだ
・・・それだけは分かって欲しい・・・」
アイザック、下手方へ行こうとする。
スティーブ「父さん・・・!」
アイザック、振り返る。
スティーブ「・・・僕は・・・絵を描くことが好きですよ・・・とても・・・
。こんな楽しみを仕事に持てたきっかけは父さん・・・
あなたがいたからです・・・。僕はいつも父さんの影に
隠れ・・・いつまでも父さんを追い越すことが出来ず・・
・自分自身、萎縮していたのです・・・。こんな駄作の
絵を見ても、有名画家である父さんの息子の僕が描
いたこの作品達を、訳も分からず絶賛する人々がい
る・・・。それが僕にはどうしても耐えられなかった・・・
でも・・・今ここで父さんと話すことが出来て・・・何か
吹っ切れたような気がします・・・。僕は一人の芸術
家として、いつか必ずあなたを追い越すことを約束し
ますよ。もう迷わない・・・」
アイザック「(嬉しそうに微笑む。)ああ・・・楽しみにしている・・・」
アイザック、行きかける。
スティーブ「・・・父さん!母さんは・・・優しい人でしたね・・・。亡
くなった今も、僕達をずっと見守ってくれている・・・」
アイザック「ああ・・・」
スティーブ「父さん・・・僕も不思議な森で、風になった母さんと
出会いましたよ・・・」
アイザック「・・・スティーブ・・・」
スティーブ「今度、ゆっくり食事にでも行きましょう・・・」
アイザック「ああ・・・そうだな・・・」
アイザック下手へ去る。
いつの間にか一人の娘が絵を見ている。
アイザックと入れ代わり、上手よりマーク
登場。娘に近寄る。
マーク「あの、もう閉館時間過ぎてるんで、申し訳ないですけど
・・・」
娘「(マークに気付き。)あ、ごめんなさい。」
スティーブ「ああ・・・マーク、構わないさ、少しくらいなら・・・」
マーク「珍しいですね、先生。豪く優しいじゃないですか。(笑う。
)」
スティーブ「馬鹿野郎・・・。まえも、もう帰っていいぞ。」
マーク「えー、本当ですか!?」
スティーブ「ああ・・・」
マーク「それじゃあ、お言葉に甘えて・・・!お先です!」
マーク、頭を下げ下手へ去る。
スティーブ「(マークに手を上げる。)」
娘「私、あなたの絵がとても好きなんです・・・。嫌なことがあって
も、あなたの明るいタッチの絵を見ていると、元気になれるわ
・・・。」
スティーブ「ありがとう・・・」
娘「サインして頂けますか?」
スティーブ「どうぞ・・・」
娘「(ペンをスティーブに差し出す。)」
スティーブ「(ペンを受け取り、驚いた面持ちをする。)・・・この・・・
ペン・・・」
娘「素敵なペンでしょ?私の宝物なんです。でも、いつから私の
元にあるものなのか分からないの・・・。気が付けば、いつも
私の側にあったもので・・・」
スティーブ「・・・この傷・・・まさか・・・」
娘「ここにお願いします。(手帳を渡す。)」
スティーブ、サインする。
娘「ありがとうございます!」
スティーブ「・・・あの・・・!」
娘「はい・・・」
スティーブ「・・・名前は・・・」
娘「アリス・ジョー・・・」
スティーブ「アリス・・・(嬉しそうに微笑んで。)それでは、レディ・
アリス・・・ご一緒にお茶でもいかがですか?」
娘「本当に?・・・ええ、喜んで・・・!」
スティーブ「直ぐに支度するので、入り口で待ってて下さい。」
娘「ええ。」
娘、下手へ去る。
スティーブ、椅子の上から上着を取り、羽織る。
音楽流れ、スティーブ歌う。
“忘れていた時は・・・
誰もが心に持つ
優しい思い出・・・
風が運んでくる
温かな香りと共に
満たされる思い出・・・”
スティーブ、母親の絵を外し、三脚に
ポケットから取り出した絵(ミニ・レディ・アリスの絵)
を貼り付ける。
外した絵を提げて下手方へ。
電気のスイッチを切ると、舞台暗くなる。
音楽大きくなり。
――――― 幕 ―――――
0 件のコメント:
コメントを投稿