2013年6月19日水曜日

“藤川信次” ―全8場― 3

            信次、歌う。

         “大切なものなんて考えるまでもない
         何の為に働くんだ
         それを考えればいい
         誰の為に毎日戦う
         それが分かればただの愚問だ・・・”

         悠矢、歌う。

         “あなたは違う・・・
         そんな理屈 あなたには通らない
         あなたは自分の為にここにいる
         自分の理想を追い続け・・・”

  悠矢「・・・ここで死ぬんだ!!」

         悠矢、上手へ走り去る。
         信次、上手を見詰め歌う。

         “・・・何が大切なこと・・・
         そんなこと考えるまでもない・・・
         わざわざ口にすることでもない・・・
         何の為に生きるのか
         そんなことは分かりきっている
         くだらない質問だ・・・”

         そこへ下手より葵、登場。

  葵「副社長、まだ帰られないんですか・・・?」
  信次「(振り返り、葵を認める。)あ・・・ああ・・・嶺山くんか・・・。
     もうそんな時間か・・・?」
  葵「ええ。もうとっくに終業時間は過ぎてますわ。」
  信次「そうか・・・。私は昔から、この場所が一番落ち着くんだよ
     ・・・。」
  葵「そんなこと言って、お宅で待たれてる奥様が可哀相ですわ
    。」
  信次「・・・そうだな・・・それにしても、君も随分遅いじゃないか・・
     ・」
  葵「私はまだ一人ですから・・・。今のうちに沢山働いて、色んな
    ことを勉強して・・・その内、素敵な人を見つけて、副社長の
    奥様のように、幸せな家庭を作り守るのが、私の夢なんです
    ・・・。」
  信次「幸せな家庭・・・か・・・」
  葵「でも間違っても副社長のような、仕事人間の方とは結婚し
    ませんわ。(笑う。)」
  信次「おいおい・・・」
  葵「じゃあ、お先に失礼します。」
  信次「ああ、お疲れ様・・・」

         葵、下手へ去る。

  信次「・・・仕事人間・・・か・・・」

         信次、ゆっくりと後方に置かれていた
         一つの回転椅子に深々と腰を下ろし、
         目を瞑る。
         そこへ下手より天使、登場。信次を認め、
         静かに歌う。上手方へ。
         (天使、スポットに残しフェード・アウト。
         そのまま次景へと続く。)

         “これが望んでいたこと
         これが君の人生
         これが答えなら
         後悔はない筈・・・
         だけどその瞳に奥に
         微かにかかった雲一つ
         自分の生き方に
         何か迷いでもあるのかい?”

    ――――― 第 6 場 ――――― 

         舞台、明るくなる。と、ロッキングチェアを
         揺らしながら休んでいる信次。(前々景。)
         天使、椅子に腰を下ろし、信次を見詰める。

  天使「どうしたの?」
  信次「・・・ん・・・」
  天使「・・・暢気に寝てていいの?」
  信次「う・・・ん・・・(目が覚め、天使を認める。)・・・誰だ・・・?」
  天使「まだ行かないの?」
  信次「・・・行く・・・?」
  天使「時間がなくなるよ。」
  信次「・・・時間って・・・何の話しをしてるんだ・・・?」
  天使「あなたが言い出したんでしょ。愛する人に、大切な言葉を
     伝えないままじゃ、死んでも死にきれないって・・・」
  信次「・・・大切な言葉を伝える・・・?」
  天使「その為に、あなたは今ここにいるんじゃない・・・」
  信次「・・・え・・・」
  天使「忘れたの?じゃあ、僕が教えてあげるよ・・・。あなたは死
     んだ・・・」
  信次「・・・死んだ・・・?(笑う。)馬鹿な・・・」
  天使「でも、心に迷いのあるあなたは、すんなり天国へ送られず
     に、僕のところへ来たんじゃない・・・。心の迷いを取り除く、
     この世と天国の中継ステーションへ・・・」
  信次「・・・まさか・・・」
  天使「信じない?」
  信次「信じるも何も・・・私はこうして・・・」

         音楽流れ、天使歌う。

         “このパーティの様子・・・
         今夜は30回目の結婚記念日
         特別な夜になる筈だった・・・
         だがいつものように
         あなたは仕事で遅くなり・・・
         パーティには間に合わなかった・・・
         そこへかかった一本の電話・・・
         仕事場で急にあなたが倒れたと!!
         家族は慌てて病院へ
         ベッドに横たわるあなたとご対面
         だがあなたの意識は戻らぬまま
         遠く彼方へ旅立った・・・”

  信次「・・・そうだ・・・(呆然と舞台前方へ。)」

         信次、スポットに浮かび上がり、次景へ。

    ――――― 第 7 場 ―――――

         音楽流れ、呆然と佇む信次、歌う。

         “どうしたんだろう・・・
         あの彼方に行くべき場所が見える・・・
         温かく優しい思いに溢れ返る場所・・・
         早く行かなけりゃ・・・
         あの彼方に導く光が見えるだろう・・・
         なのに何故・・・
         足がすくんで一歩も進めない
         何かが私の・・・
         心を引き止める強く
         そして立ち止まる・・・”

         舞台明るくなる。と、上手方に後ろ向きに
         置かれていた回転椅子に座っていた天使、
         正面を向く。

  天使「ようこそ・・・あなたの迷いは何?僕がその迷いを取り除
     いてあげるよ。さぁ、答えて・・・」
  信次「・・・迷い・・・」

         信次、歌う。

         “人間らしく生きたいと願ってきた
         だけど今振り返って・・・
         願いとは裏腹の
         人生を歩んで来たようだ・・・
         愛する者の悲しみが聞こえる・・・
         嘆きが胸深く突き刺さる・・・”

  信次「私は彼らに何も残してやれなかった・・・。財産とかではな
     い・・・。そんな形に見えるものではなく・・・心に残るような
     ・・・」
  天使「名台詞を残したい?(微笑む。)」
  信次「私はそんな名台詞を残したい訳じゃない・・・。大体、仕事
     一筋に生きて来た私に、そんな気の聞いた台詞など、思い
     つく筈など・・・ただ人間として・・・言わなければならなかっ
     た、たった一つの優しい言葉・・・それだけを彼らに・・・伝え
     たい・・・。誰もがほんの少し、優しい思いを持てば、自然と
     口にすることが出来るであろう・・・そんな有り触れた・・・感
     謝や・・・思いやりや・・・誰もが普通に言葉にすることの出
     来る・・・そんな思いを・・・私はただの一度も彼らに掛けて
     やることが出来なかった・・・」
  天使「人間らしく生きてこなかったと?」
  信次「・・・人間らしさの意味を・・・履き違えていた・・・」
  天使「人間らしさ・・・なんて、其々考え方が違って当たり前なん
     じゃない?」
  信次「その通りだ・・・だから今までの私の行き方が、そうだった
     んだと言い切ってしまうことが出来るなら、それはそれでよ
     かったのかも知れない・・・。だが・・・いつも何かが引っ掛か
     っていた・・・心のどこかで・・・本当に自分の生き方が正し
     かったのかと・・・。迷いを・・・取り除きたいんだ・・・」
  天使「あなたの・・・?」
  信次「私の・・・そして私の迷いの為に、迷わせてしまった・・・愛
     する者達の・・・」
  天使「OK・・・行っておいで、あなたの言葉を残す為に・・・」
  信次「(嬉しそうに微笑む。)・・・ありがとう・・・」

         暗転。

    ――――― 第 8 場 ――――― A

         音楽流れ、舞台下手方スポットに葵、
         誰かを待っているように周りを見回し、
         時間を気にしながら佇み歌う。

         “遅いわね・・・
         一体何をしているのかしら・・・
         まさかね・・・
         忘れる筈ないわ・・・
         あんなにも約束した
         必ず守ると・・・
         でも時間は随分過ぎたわ・・・
         一体どこにいるのかしら・・・”

         葵、鞄から携帯電話を取り出し、かける。
         上手スポット、机の前に座り、山積みに
         なった書類の山を前に、忙しそうに仕事
         している悠矢、浮かび上がる。と、電話の
         呼び出し音が鳴る。

  悠矢「(驚いたように。)・・・電話?(服のポケットを探すように。
     見つけると慌てて出る。)はい・・・!」

         葵、語り掛けるように歌う。

         “私よ・・・”

  悠矢「・・・葵?」

         “約束忘れたの・・・?”

  悠矢「・・・あ・・・いや、そう言う訳じゃないんだ!ちょっと・・・」
 
         “今どこにいるの・・・?”

  悠矢「・・・まだ会社のオフィスに・・・」

  葵「オフィスって・・・」

         “また仕事・・・?”

  悠矢「ごめん!!」

         “一体何時間待たせるの・・・?”

  悠矢「ごめん!!これだけ済ませて直ぐに行く!!だから・・・」

         “・・・もう待てない・・・”

  悠矢「待っててくれ!!直ぐ・・・直ぐ行くから!!」

         “・・・もう待たない・・・”

  悠矢「葵!!」

  葵「いつもいつも待ってばかりで、もう疲れたわ・・・(電話を切る
    。)」

  悠矢「葵!!」

         (悠矢、フェード・アウト。)

         “もう待てない・・・
         もう待たない・・・
         今度こそ私は私の為に歩いて行く・・・
         あなたに合わせて・・・
         振り回されて・・・
         きっと私は道に迷って
         自分自身を見失う・・・
         ・・・だけど・・・
         ・・・どうして・・・
         ・・・私・・・”

         葵、ゆっくり下手へ去る。
         (舞台明るくなる。)
         一時置いて、上手より悠矢、息を切らせ
         走り登場。

  悠矢「葵!!(周りを見回す。)あお・・・い・・・畜生・・・」

         悠矢、歌う。

         “何故いつも擦れ違い・・・
         ほんの少しの思い違い・・・
         大切なものは分かっている・・・
         守るものも分かり切っている・・・
         なのにいつも2人は別々・・・
         2人の道は擦れ違ったまま・・・
         話しをしよう・・・
         もっとお互い知り合おう・・・
         まだまだ分かり合える・・・
         2人で過ごした
         たった2回の出会いの記念日・・・”

         その時、下手より葵、ゆっくり登場。
         悠矢、葵を認める。

  悠矢「葵!!(駆け寄る。)待っていてくれたんだ!!ごめん!!
     本当に今日は・・・そうだ!!(スーツのポケットを探すよう
     に。小さな箱を取り出す。)これ・・・」
  葵「この間はバラの花束・・・その前は有名ホテルのチョコレート
    ・・・今日は一体何で私のご機嫌を取ろうって言うの?」
  悠矢「ご機嫌・・・って・・・そんなつもりは・・・」
         
    










  ――――― “藤川信次”エンディングへつづく ―――――


























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