アリス「彼女は、期待の国の住人ではあるけれど、彼女のお母
さんは期待外れの国の人なの・・・。それで彼女、時々嘘
を吐くのよ・・・。きっとスティーブのことも、本当は何も知
らなかったんだと思うわ・・・。ごめんなさい・・・。」
スティーブ「何も君が謝らなくてもいいさ。」
アリス「でも私が嬉しそうに、あの棒をバネッサに見せびらかし
たりしなければ・・・」
スティーブ「あんなもの、たいしたことないよ。俺は外では書くも
のに不自由したことがないくらい、いつもペンは山の
ように持ち歩いているからね。(ジャケットを広げて見
せる。と、内ポケットにペンがズラッと並んでいる。)」
アリス「まぁ、本当!!(クスクス笑う。)」
スティーブ「(その内の1本を取り出し、アリスの方へ差し出す。
)はい・・・」
アリス「・・・何・・・?」
スティーブ「・・・さっきの万年筆に比べると、随分安物だけど・・・
すごく書き易くて、いつも自分のカンバスにサインす
る時に使っているものなんだ・・・。これを君にあげる
よ・・・。」
アリス「でも・・・」
スティーブ「ほら!スティーブが“やすらぎの国”の住人だって、
君が教えてくれたんじゃないか。」
アリス「・・・本当にもらっていいの・・・?」
スティーブ「ああ・・・」
アリス「(そっとペンを受け取る。)わぁ・・・」
スティーブ「そこに薄っすら傷が残ってる・・・」
アリス「(ペンを見て。)・・・本当・・・」
スティーブ「思い出の傷だ・・・」
アリス「どんな?」
スティーブ「(微笑んで。)それは秘密だよ。」
アリス「もう!」
舞台、薄暗くなり、下手スポットに一人の
少年とその母親、浮かび上がる。
(スティーブの回想。)
母親「・・・どうしたの?」
少年「もう絵なんて描かない・・・描きたくない!!こんなペン、
いるもんか!!(握っていたペンを、床に叩き付ける。)」
母親「何故?あんなに描くことが大好きだったじゃない・・・」
少年「皆が言うんだ!!僕の絵は父さんのコピーだって!!」
母親「(ペンを拾う。)・・・違うわ、スティーブ・・・あなたの絵はコ
ピーなんかじゃない・・・。あなたの絵はあなた自身が描い
たもの・・・。誰が何と言っても、母さんはあなたの描く絵が
世界中のどんな名画家が描いた絵よりも大好きよ・・・。」
少年「・・・母さん・・・」
母親「書く物を粗末にしないでね・・・。ペンはあなたに命を吹き
込まれて、真っ白なカンバスに色々な絵を描けることを、と
ても喜んでいるのよ・・・。一番のお気に入りでしょ?このペ
ン・・・(ペンを差し出す。)」
少年「(ペンを受け取り見る。)・・・傷が・・・ごめんなさい・・・」
2人フェード・アウト。
舞台明るくなる。
スティーブ「(一瞬、恥ずかしそうにフッと笑う。)・・・思い出の・・・
ペンなんだ・・・」
アリス「そんな大切なペン、私なんかが・・・」
スティーブ「いいんだ・・・。何故か君に持ってて欲しくて・・・」
アリス「ありがとう・・・あなたの代わりに、私が大切にするわ・・・」
音楽流れ、2人歌う。
“何故だか分からないけれど
何かを予感させる不思議な国
それが期待の国・・・
何の確信もない筈なのに
何故か未来が明るく輝くように
胸ときめく期待の国・・・”
アリス「・・・さよなら・・・」
スティーブ「さよなら、ミニ・レディ・アリス・・・」
スティーブ、スポットに浮かび上がり歌う。
“遠い昔の思い出は
忘れられない心の片隅に
今も微かに蘇る
優しい日が心を過ぎり
温かな思いで満たされる
自分の生きた証がそこにある・・・
生まれた意味を確信する
遠い昔の思い出に
今解き放たれる為
答えを探し出す為に
風になりたい・・・”
暗転。
――――― 第 6 場 ―――――
舞台明るくなる。
舞台中央に一本の大木(森の王“フォーレスト”)
眠っているように立っている。
下手前方に三角座りした一人の青年(トリーズ)
静かに歌う。
“この森は権力の森・・・
誰もが自分の権力を誇示する
それが当たり前かのように
自分のことだけ能弁ふるまく
忘れられた大切なこと
気付いていないだけかも知れない
何か大切なこと
誰もが自分中心のこの国で
自分のことだけを正当化する
強いものだけが勝ち残る
この国は誰もが認める
権力の国・・・”
その時、上手より一人の青年(ツリー)
走り登場。
ツリー「トリーズ!!大変だ!!リーフ達が・・・!!」
トリーズ「(立ち上がり。)どうしたんだい、ツリー・・・」
ツリー「リーフ達が、また喧嘩を始めたんだ!!何とかしてくれ
よ!!」
トリーズ「何とかって・・・今、父さんは眠ってるんだ・・・起こせな
いよ・・・。」
ツリー「何もあいつらをここへ引っ張って来て、森林裁判でフォ
ーレストに裁いてもらわなくても、君でいいんだ!!」
トリーズ「僕でいいって・・・」
ツリー「そうさ!君は次期この森の王じゃないか!!ちょっと僕
と一緒に来て、あいつらにパパッと説教してくれれば、そ
れで“はい、おしまい”!全て丸く治まる!」
トリーズ「そんな・・・僕にそんな説教なんて・・・出来ないよ・・・」
ツリー「何言ってるのさ!!フォーレストの息子である君には、
その力がある!!」
トリーズ「僕が行かなくても・・・君が仲裁に入れば・・・」
ツリー「僕じゃ駄目に決まってるだろ!?僕ら一般国民には、
権利の主張は出来ても、自らを裁くなんて出来ないんだ
!!だからトリーズ!!頼むよ!!」
トリーズ「僕はそんな力なんて・・・」
ツリー「気弱だなぁ!!そんな風にグズグズ言ってるうちに、リ
ーフ達の喧嘩が段々飛び火して、この森中、大火事だ!
!」
トリーズ「けど・・・」
フォーレスト「相変わらず、だらしのない奴だな・・・」
トリーズ、ツリー、フォーレストを見る。
トリーズ「・・・父さん・・・」
ツリー「フォーレスト!」
フォーレスト、目覚める。
フォーレスト「ツリー達がおまえに来て欲しいと言ってるんじゃな
いのか?何故そこで後込みするんだ。そんなこと
では、わしの後、この森を守ることなど到底出来な
いぞ。」
トリーズ「僕は・・・僕はこのままでいい・・・僕に森の王なんて無
理だ・・・」
フォーレスト「このままでいい・・・?」
トリーズ歌う。
“僕は・・・
何も望んでいない・・・
僕は・・・
今のまま何も変わらない・・・
この平穏な世界に浸って
静かに暮らしたい・・・
争いは嫌だ・・・
喧嘩なんて真っ平だ・・・”
フォーレスト、呼応するように歌う。
“情けない・・・
何て気弱なことを言う・・・
情けない・・・
そんなことでは落ち着けない・・・
好い加減一人で立派に生きてみろ
いつまで私に気を持たせる
いつまで私に言わせるんだ
しっかりしろと!!”
トリーズ「僕は・・・父さんのように力もないし・・・森林裁判で皆
を裁いたり・・・バラバラになった者達を纏めるなんて・・・
到底出来ないよ・・・」
フォーレスト「おまえがそんなことで、この国の将来はどうなるん
だ。そろそろおまえが根を張って、この大地に足を
つけ、新しいリーフ達を育てなければ、この国の未
来はないんだぞ?」
その時、下手よりスティーブ、走りながら
登場。
ツリー「誰だ!!」
スティーブ「(周りを見回す。)・・・っと・・・ここは・・・(フォーレスト
を認め。)古い大木の支配者・・・権力の国・・・」
フォーレスト「人間か・・・。何か用か・・・?」
スティーブ「いや・・・用って訳じゃないんです・・・(フォーレストの
顔をマジマジと見る。)」
フォーレスト「何だ・・・」
スティーブ「・・・父さん・・・?」
フォーレスト「父さん?」
スティーブ「あ・・・いや・・・すみません、あまりに父に似ていたも
ので・・・」
フォーレスト「それで、何の用もない人間が何故この国にやって
来たのだ。」
スティーブ「あ・・・直ぐ出て行きます。実は、やすらぎの国に住む
少年を捜してて・・・」
ツリー「迷い人か・・・」
スティーブ「・・・まぁ・・・」
フォーレスト「では早く出て行きたまえ・・・。我々は今、忙しいの
だ。」
スティーブ「・・・はい、お邪魔しました。」
スティーブ、ゆっくり上手方へ。
フォーレスト「それでトリーズ・・・」
スティーブ「(振り返り。)あの・・・!!」
ツリー「なんだ!?」
スティーブ「やすらぎの国と言うのは(上手を指して。)こっちで
・・・」
ツリー「ああ!!」
スティーブ「どうも・・・」
スティーブ、再び上手方へ行きかけるが、
立ち止まり3人の話しに耳を傾ける。
フォーレスト「おまえがしっかりと自分の立場を弁え、それに見
合った王にならなければ、この国の将来は真っ暗
闇になるのだ・・・。」
トリーズ「・・・そんなこと・・・言われても・・・」
フォーレスト「初めから分かり切っていることではないか。私の
息子であるおまえが、次期王であることは全国民
周知のこと。」
トリーズ「でも僕には・・・自信が・・・僕には無理です・・・。僕に
は出来ない・・・」
トリーズ、スティーブ、スポットに浮かび上がる。
トリーズ「僕には・・・」
スティーブ「何故、そんなに臆病風に吹かれるんだい・・・?」
トリーズ「(スティーブを認める。)」
スティーブ「何故そんなに気弱なんだ・・・」
トリーズ「だって・・・僕には・・・」
スティーブ「だって・・・何だい?」
トリーズ「だって・・・父さんが・・・偉大過ぎるんです・・・。それに
僕は・・・父さんのように皆を纏める知恵も・・・皆を押さ
え込む力もない・・・僕に次期王なんて・・・到底無理な
んです・・・」
スティーブ「・・・違うな・・・」
トリーズ「・・・え・・・?」
スティーブ「・・・俺にも・・・君と同じような父親がいるんだ・・・」
トリーズ「・・・同じような・・・?」
スティーブ「だから君の気持ちはよく分かる・・・。君と同じように
いつも萎縮した生き方をしてきたからね・・・。世界が
認める偉大な画家である父親を持ち、それ故に画家
の道を余儀なくされ、自分でどんなに駄作だと思って
も、世間はその駄作を褒め称える・・・自分の意思な
どあってもなかったような人生を歩んできたんだ・・・。
」
トリーズ「・・・本当に・・・?」
スティーブ「君がそんな態度を続けたら・・・じゃあこの国はどうな
るんだい・・・?」
トリーズ「それは・・・」
スティーブ「どんな国でも、権力のある者が必ずしも力の強い者
だと限った訳ではない・・・。腕力では到底立ち向かう
ことが出来ないと思うなら、君は心の大きな権力者
になればいいじゃないか・・・。何も権力を笠に着て、
力任せに国民達を纏めなくても、心から信頼される
本当の王になることを考えてみたらどうなんだい・・・
?」
トリーズ「・・・僕には・・・出来ない・・・」
スティーブ「僕には出来ない・・・と後ろを向く前に、僕なら何が出
来るか・・・僕なら何を国民の為に出来るかを考えた
らどうなんだ・・・。折角、与えられた地位じゃないか、
皆が座りたくても・・・簡単に座れる王座じゃないだろ
う?」
トリーズ「・・・じゃあ、あなたはどうなんですか・・・?あなたも世
界に騒がれる自分に、なりたくてなった訳ではないんで
しょう・・・?」
スティーブ「・・・確かに・・・父親の恩恵を受ける身分を、疎ましい
と思ってきた・・・。自分一人の力でのし上がってみた
かった・・・。だけど、その望みがどうしても叶わないの
なら、今与えられたものを幸せと思い、その幸運を最
大限に生かしながら、自分に出来るベストのことを考
えてみることは、大切なことなんじゃないのか・・・?
それがたとえ・・・自分でない誰か他の人の為である
ことでも、自分がそれにかかわっていることで、その他
の誰かが幸せになれるのなら、それでいいじゃないか
・・・。」
トリーズ「僕にはあなたのような、自信がありません・・・」
スティーブ「自信なんてないさ・・・。俺だって・・・いつも目の前に
大きく立ち塞がる父親の壁を、追い越せるかなんて
・・・そんな自信はこれっぽっちもないんだ・・・。だけど
やってみなきゃ、出来るか出来ないかさえ分からな
いじゃないか・・・。・・・そうなんだ・・・出来るチャンス
を与えられたことを、ありがたいと思える心の大きさ
を持てた時こそ、自分自身が漸くスタートラインに立
てた時なんだ・・・。」
トリーズ「逃げ出そうと思ったことは・・・?」
スティーブ「・・・正直に教えてやるよ・・・。いつも思ってた・・・。」
トリーズ「・・・本当に・・・?」
スティーブ「ああ・・・ここへ来る前は、もう今度こそ全てを投げ出
して、山奥にでも逃避してしまおうかと考えてたんだ
・・・。(フッと笑って。)・・・逃げ出すことしか考えられ
なかった・・・。君に偉そうに言える身分じゃないな・・・
。・・・だけど・・・今やっと分かったんだ・・・。俺が追い
越せなかったのは父さんじゃない・・・自分自身の心
壁だったんだと・・・。」
トリーズ「心の・・・壁・・・?」
――――― “風になる・・・”4へつづく ―――――
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