――――― 第 8 場 ―――――
フェード・インする。(カーテン開く。)
と、のどかな村の風景。
グレミン牧師とエドワード、ゆっくり
話しながら上手奥より出る。
エドワード「いやはや、今日はまたいい陽気ですな、全く・・・」
グレミン「本当ですね。」
エドワード「あの大嵐以来、どうもパッとしない日が多いと思って
いたが・・・こんな日にする仕事もなく、ま、急患でも運
び込まれない限り・・・のんびりと過ごせると言うのは、
今まで仕事人間として生きてきた私としては、何とも
いいもんですな。(笑う。)」
グレミン「先生は、この村の開業医としてだけでなく、隣町や・・・
はたまたその隣町にまで往診に出掛けたり・・・今までが
忙し過ぎたのでしょう。それに明後日には、道路が開通
するそうですね・・・。そうなればまた・・・」
エドワード「いやあ・・・これでやっと仕事に戻れると言うものです
よ。随分長いこと、ゆっくりさせてもらいましたなぁ・・・
。またこれから、以前以上に張切れそうですよ。(笑う
。)」
グレミン「そうですね。それにいい具合に開通して、明後日の村
の収穫祭は、これで賑やかになりそうじゃないですか。」
エドワード「そうそう、年に一度の祭りが、閉じ込められた村の中
でしか出来ないとなると、いやが上にも盛り上がりに
は欠けると言うものですからな。私も収穫祭が済むま
では、のんびりと過ごすつもりですよ。」
グレミン「それがいいでしょう。」
そこへ下手より、話しながらジャクリーヌ、
アンドレ、ゆっくり登場。
ジャクリーヌ「(エドワード達を認め。)こんにちは、先生。グレミン
牧師。」
エドワード「やあ、ジャクリーヌ。」
グレミン「こんにちは。」
アンドレ、頭を下げる。エドワード、グレミン、
それに応えるように軽く頷く。
エドワード「どうだね、新婚生活は?上手くやっているかね?」
ジャクリーヌ「まぁ、先生ったら・・・」
エドワード「(笑って。)君達に“上手くやっているか”とは、愚問
だな。」
グレミン「(アンドレに向かって。)どうですか?この村の住みご
こちは・・・。大分慣れたでしょう。」
アンドレ「はい。家の人達の親切に、心から感謝しています・・・
。」
エドワード「3日後の祭りの日には、やっと道路が通れるように
なるそうだが、どうするつもりだね?」
アンドレ「・・・3日後・・・」
ジャクリーヌ「まぁ・・・そうですの・・・」
エドワード「ま、落ち着くも良し、去るも良し・・・全ては気の向くま
ま・・・と言うことだよ。じゃ、我々はこの辺で・・・。牧
師・・・」
グレミン「じゃあ・・・」
ジャクリーヌ「さようなら・・・」
エドワード、グレミン、下手へ去る。
アンドレ、頭を下げる。
ジャクリーヌ「・・・開通すれば・・・もうこの村から自由に出られる
んですものね・・・あなた達がいてくれたから、ミリオ
ッタも私がいなくなって、淋しくなかったでしょうね。
あ・・・早く出発したかった、あなた達にしてみれば、
とんだ災難だったでしょうけど・・・。よかったわね・・・
。」
アンドレ「初めは・・・おっしゃる通り、何故こんなところで足止め
を食うのかと、あの嵐を恨んだものです・・・。だが・・・今
は・・・」
ジャクリーヌ「・・・え?」
アンドレ「ミリオッタに感謝をしています・・・。彼女のお陰で、この
先の人生の正しい歩き方を、知ることが出来たのです
から・・・。」
ジャクリーヌ「あの子・・・何かしたのかしら・・・?」
アンドレ「いいえ・・・彼女の真っ直ぐ前を向いた生き方が、自分
が間違った道を歩んでいたと、分からせてくれたのです
・・・。」
ジャクリーヌ「父や母のこと・・・お聞きになったのね・・・?」
アンドレ「聞いた時は何故、そんな風に平然と自分の罪を話せ
るのか呆れました・・・。だが彼女も自分の中で戦い、自
分の正しい道を模索し、やっと探り当てたのだと知った
時、彼女の勇気と力強さと・・・そして優しさが・・・私の
頑ななまでに固く凝り固まった心を、少しずつ溶かして
いったのです・・・。死神と呼ばれ・・・誰からも疎まれ・・・
私の側へ近寄ろうとする者などいない・・・いつも一人だ
った・・・。妹だけは、そんな私に付き合って、一緒にいて
くれましたが・・・この村に来るまで、心はいつも孤独に
苛まれ、自分の運命を呪ったものです・・・。だが、彼女
に教えられた・・・本当に沢山のことを・・・」
ジャクリーヌ「ミリオッタのことが・・・好き・・・?」
アンドレ「・・・好き・・・?」
ジャクリーヌ「あの子はあなたのことをとても好いているわ・・・。
私には分かるの・・・。あの子は昔からただ一途で、
心に思ったことを直ぐ行動に移せる・・・。自分の殻
に閉じこもり気味の私にしてみれば、あの子のそん
な性格がとても羨ましかった・・・。もし、あなた達が
もうこの村から出て行くと知ったら、きっと悲しむで
しょうね・・・」
アンドレ「私は・・・(言いかけて止め、上手奥を注視する。)」
ジャクリーヌ「アンドレ・・・?(アンドレの視線を追って、上手方を
見る。)」
上手奥よりジョセフ、ぐったりしたミリオッタを
抱きかかえ出る。
ジャクリーヌ、驚いて駆け寄る。
呆然とゆっくり近付くアンドレ。
下手にエリザベス登場。その様子を認め、
驚いて佇む。
ジャクリーヌ「ミリオッタ!?ミリオッタ!!」
アンドレ「・・・ミリオッタ・・・」
ジャクリーヌ「どうしたの、ジョセフ!?」
ジョセフ「(下手方へ歩きながら。)一本杉へ行こうとして、崖か
ら落ちたんだ・・・。」
ジャクリーヌ「一本杉・・・?何故そんな危険なところへ・・・!?」
ジョセフ「それより早く、エドワード先生に・・・!!」
ジャクリーヌ「え・・・ええ・・・!!」
ジャクリーヌ、下手へ走り去る。
ジョセフ、ミリオッタを抱いたまま
その後へ続く。
アンドレ、茫然自失でミリオッタの
方へ。
アンドレ「ミリオッタ・・・(ミリオッタに触れようとする。)」
ジョセフ「(アンドレを見据える。)触るな!!おまえのせいだ・・・
おまえがこの村に来たから・・・!!もしこいつがこのま
ま目を覚まさなければ、俺はおまえを生かしておかない
からな!!」
ジョセフ、怒りに肩を震わせながら、
下手へ去る。
アンドレ、遣りきれない思いが溢れる
ように、呆然と佇み、握り拳を握って、
上手へ走り去る。
エリザベス残してカーテン閉まる。
エリザベス「・・・まさか・・・本当に怪我するなんて・・・私のせい
だわ・・・私が嘘を言ったばかりに・・・。ミリオッタにも
しものことがあったらどうしよう・・・。」
エリザベス、スポットに浮かび上がり、
不安気に歌う。
“大切な者を失うのが怖かっただけ・・・
今まで感じたことのなかった思いで・・・
胸が張り裂けそうな程
ただとても不安だっただけ・・・
私の知らないところでどんどん
何かが変わっていくようで・・・
何かが遠くへ行くようで・・・
あなたが私のものでなくなる・・・
そんな思いが段々膨らんで
ただ怖くて見ていられなかっただけ・・・”
フェード・アウト。
――――― 第 9 場 ――――― A
静かな音楽でフェード・インする。
(カーテン開く。)
と、ミリオッタの部屋。
中央、設えられたベッドの上にミリオッタ
横になっている。
エドワード、横の椅子に腰を下ろし、
ミリオッタの腕を取り、脈を見ている。
反対側にジャクリーヌ立ち、心配そうに
ミリオッタを見詰めている。
ジャクリーヌ「先生・・・ミリオッタは・・・」
エドワード「うむ・・・(ミリオッタの頭を見る。)別段、傷も見当た
らんし・・・どこか打ちどころでも悪かったのか・・・。ま
ぁ、もう暫く様子を見るとしよう。」
ジャクリーヌ「はい・・・。先生、隣の部屋で少し休んで下さい・・・。
私、付いていますから・・・」
エドワード「じゃあ、そうさせてもらうとするかな・・・。少し横にな
っているから、何かあれば呼んでおくれ。」
エドワード、下手方の扉より出て行く。
入れ代わるようにアンドレ入る。ゆっくり
ミリオッタの側へ。
ジャクリーヌ、アンドレに気付き、気を利かせて
何も言わず、扉よりそっと出る。
アンドレ、ベッドの横へ跪き、ミリオッタの手を
取る。
アンドレ「(絞り出すような声で。)・・・ミリオッタ・・・目を開けてく
れ・・・目を開けてもう一度・・・私に微笑みかけてくれ・・・
・・・愛しているんだ・・・心から・・・こんなに誰かを大切に
思ったのは初めてなんだ・・・。君が助かるのなら・・・私
は私の命を捧げてもいい・・・。お願いだ・・・目を開けて
おくれ・・・ミリオッタ・・・(ミリオッタの手にそっと口付ける
。)」
途中エリザベス、扉よりそっと入り、そんな
アンドレの様子を辛そうに見ている。
エリザベス残してカーテン閉まる。
エリザベス「・・・お兄さん・・・」
――――― 第 9 場 ――――― B
カーテン後ろより、傷心の面持ちでアンドレ
出る。
エリザベス「お兄さん・・・!(アンドレに走り寄る。)ミリオッタは
!?」
アンドレ「エリザベス・・・(エリザベスの肩に手をかける。)大丈
夫さ・・・きっと・・・直ぐによくなるさ・・・きっと・・・(自分に
言い聞かせるように。)」
エリザベス「お兄さん・・・私のせいなの!!私が・・・!!」
アンドレ「(エリザベスの言葉を遮るように。)エリザベス!!・・・
大丈夫・・・」
そこへ上手より出、2人の様子を見ていた
ジョセフ、ゆっくりと2人へ近付く。
ジョセフ「・・・何が大丈夫なんだ・・・」
アンドレ、エリザベス、ジョセフを認める。
ジョセフ「大丈夫だと?(笑う。)まだミリオッタは目を覚まさない
んだぞ!!何が大丈夫なものか!!巫山戯るな!!
やっぱりあの新聞記事の通りだ・・・おまえは死神じゃな
いか・・・!!おまえがこの村へ来たばっかりにミリオッ
タはあんなことに!!」
エリザベス「違うわ!!お兄さんのせいじゃない!!私が・・・!
!」
ジョセフ「この死神め!!」
ジョセフ、隠し持っていたナイフを取り出し、
アンドレの方へ駆け寄ろうとした時、
逸早くナイフに気付いたエリザベス、アンドレ
の後方より飛び出し、アンドレを庇ってジョセフ
のナイフに刺される。
アンドレ「エリザベス!!」
ジョセフ、驚いて下手へ走り去る。
エリザベス、アンドレの腕の中で崩れる
ように倒れる。
アンドレ、エリザベスを抱き起こす。
アンドレ「エリザベス!!しっかりしろ!!今直ぐ誰か・・・!!
(回りを見回す。)」
エリザベス「・・・お兄さん・・・私・・・お兄さんをミリオッタに取られ
るようで・・・とても・・・不安だったの・・・だから・・・ほ
んの少し・・・意地悪したくなって・・・ごめんなさい・・・
ミリオッタにも・・・(アンドレを見詰め微笑む。亡くなる
。)」
アンドレ「・・・エリザベス・・・エリザベス・・・?エリザベス!!」
アンドレの叫び声で暗転。
――――― 第 9 場 ――――― C
アンドレ、スポットに浮かび上がる。
アンドレ「・・・父や・・・母・・・そして妹まで・・・神よ・・・何故あな
たは私の大切な者を全て・・・私から引き離そうとなさる
のです・・・。何故いっそ・・・私を連れて行っては下さら
ないのか!!何故私をいつまでも晒し者のように生き
長らえさせるのです!!何故私をあなたの側へ行かせ
ては下さらないのです・・・!!その方が何れ程・・・楽か
知れない・・・(ハッとして。)それだけでない・・・次には、
ミリオッタまでも連れて行こうとなさる・・・。今度はハッキ
リと見えるのです・・・(両手を見て。)この指の間から摺
り抜けてしまおうとする大切な者の影が・・・。私の命な
ど何の惜しくもない!!私の命と引き換えにしても彼女
をお助け下さい・・・!!彼女の瞳が再び陽の光を映し
出すことが出来るならば、私は喜んであなたのお側へ
参りましょう・・・」
アンドレ、歌う。
“おおミリオッタ・・・
命に代えても守りたい他人・・・ ※
初めて出会った思いの他人・・・
おおミリオッタ・・・
その眩いばかりに輝いた
瞳に映る明日の陽を
再び目にすることが出来たなら
甘い蜜の唇に
息吹を吹き込むことが出来たなら
その時 私と引き換えに
暖かい温もりを肌で感じ
命尽きても構わない・・・
おおミリオッタ・・・
今一度私の目の前に・・・
現してくれ花の女神の如く・・・”
訴えるような面持ちで、遠くを見遣るアンドレ。
フェード・アウト。
――――― “アンドレ”5へつづく ―――――
※ 他人=“ひと”とお読み下さい♥
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